グラマラスな淫乱お姉さん
セクシーでねっとりした、愛人気質の淫乱女、葵。
ザ整形と言わんばかりの二重幅と綺麗な鼻筋、白い歯が目立つ甘いフェイスの彼女。
そんな彼女のエロさは、Gカップの巨乳も含めたムチムチで美白の赤ちゃん肌をもつダイナマイトボディだ。
単純に太っているわけではない。
モデル体型とは別の、スタイルの良さだ。
そして、本作品を擁するシリーズ「中から出てくる白濁汁」、これに我々は衝撃を受けた。
あまりにも刺激的かつ思弁的で、我々の性欲を大いに掻き立ててくれる作品であった。
このシリーズは本作で8作目であり、我々はこの存在に気づくのが遅すぎた。
すぐにでも同シリーズの他作品も鑑賞しなければならない。
女の清き汚き白濁液
女の中から分泌され、どろどろと出てくるいやらしい愛液。
しかもそれらがぐちょぐちょに掻き混ぜられ、白濁と化す様子は、最高に下品でいやらしい。
この白い愛液、もはや擬似精子である。
なおかつ、擬似精子という新たな演出技法は、AVの新しい可能性を開いているかのようである。
大量ぶっかけというAVの演出技法は、日常のプレイではなかなか味わえない衝撃的なビジュアルを見せてくれたが、正直、昨今のAVにおいては、ぶっかけのインフレが起きているような気がしてならない。
もちろん、ぶっかけというビジュアルはまだまだ我々のヌきネタとして大いに君臨してはいるが、
最近のAV作品において、フィニッシュのぶっかけ・顔射はほとんど当たり前のように映されている。
NGばかりの条件の厳しい女優ですら、顔射を許容する。
そんな中で、この擬似精子と化した白濁の愛液は、ある種の精子フェチにとって、新たなバリエーションを提供してくれる。
ぶっかけは、精子で女を汚すことに価値があった。
一方でこの白濁汁は、女を内側から汚す。
神秘的な液体であると同時に、汚らしくも映るこの二面性、そのせめぎ合いのバランス感覚が高度なエロスを感じさせる。
なぜなら我々にとって、美と醜の対立構造、法とその侵犯という弁証法こそが性的な意味を最大限に引き出すからだ。
そしてさらに、我々の常套句であるが、エロスは認識だ。
ぶっかけのビジュアル的なインパクトは強烈だが、その衝撃に我々の脳内回路がショートする。
その短絡、意味の爆発がぶっかけの最大のエロティシズムであったのかもしれない。
一方で、ぐちょぐちょに濡れたまんこは、もちろんいやらしいが、白濁汁のエロさは、すべてが視覚的な情報から来るわけではない。
むしろ、意味の解釈の余地がある。
ゆえに我々は、その白濁液の性的な意味合いを夢想する。
愛液に重なる擬似精子の象徴的意味、生殖行為を超えたファンタズム、潔白の白か、欲深き白か。
その、無限に広がる妄想、認識の可能性の戯れを運動することこそ、白濁液の性的ポテンシャルだ。
そして注意しておきたいのは、白濁液が彼女本来の分泌液なのか、AVの演出による人工的なものであるかどうかはわからないが、それは問題ではないということだ。
実際にどちらであろうと、それは多義的であり、かつ、彼女の内側が汚されているのは、リアルだ。
AVはつねに、擬似的な世界であり、そしてリアリティが宿る。
認識こそが、現実であるからだ。
白濁液と潮吹きのグロテスク
さて、本作のプレイ内容と出演女優をほぼ無視して、白濁液というトピックのみを長々と綴ってしまったが、とにかくこの企画は、我々の欲望を、知的に、そして性的に満たしてくれる素晴らしき作品だ。
では本作品の内容はどうだろうか。
もちろん白濁液のエロさをうまく演出する作品となっている。
とりわけおすすめのシーンは、足を拘束されたままバイブと電マで弄られるシーンだ。
バイブで興奮させ、たっぷりと愛液を分泌させた上で、手マンによってヨーグルトをぶちまけられたかのように、白濁液でまんこ一面を存分に汚す。
その上で、電マ責めによって大量の潮を吹き出す様は、抜群にエロティックだ。
彼女が拘束されているソファの座面は、白濁液と潮でびちゃびちゃに汚れる。
この神秘的な汚さが堪らない。
また、セックスが気持ちよくてヨガる彼女のリアクションも素晴らしい。
純粋に性の快楽を楽しんでいるようだ。
この彼女の反応が、我々の妄想に、解釈の幅を与えてくれる。
白濁液を分泌するほどに感じるとは、どれだけの快楽であるのか。
その未知のエクスタシーの妄想が、本作の最大のポテンシャルだ。
【シーン1】 |
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オナニー、濃厚な愛液 |
【シーン2】 |
手コキ、顔射、お掃除フェラ |
【シーン3】 |
正常位顔射フィニッシュ、お掃除フェラ |
【シーン4】 |
拘束、バイブ責め、電マ責め、潮吹き |
【シーン5】 |
3P、正常位顔射フィニッシュ×2、お掃除フェラ |
評価 | ★★★★★ |
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