全裸ハイヒールの魅力
語の定義
この要素を語る前に、最低限の予備知識としてハイヒールとパンプス、ミュールの違いについて共有しておこう。
ハイヒールは女性のシンボルとして、とても有名な存在ではあるが、パンプス、ミュールとの違いを上手く指摘できない人もいるだろう。
とくに女性ファッションの流行にうとい男性読者にとっては、なかなか聞き慣れない言葉かもしれない。
パンプスとは、履き口が大きく、紐やベルトを使わずに、足の甲の部分を露出させた靴の総称である。
一方で、ミュールとは甲やつま先のみを覆い、それ以外の部分を露出させた靴の総称だ。
そして、これら2つに対してハイヒールとは、靴の形の種類ではなく、端的にヒールの長さのみによってそう呼ばれる。
一般的に、6cm以上のヒールがハイヒールだ。
つまりハイヒールであるパンプスもあれば、そうでないパンプスも存在するというわけだ。
半裸としてのエロさ
全裸ハイヒールのエロさについてまず言えることは、全裸よりも半裸の方がエロいという問題のひとつのバリエーションであるということだ。
着ているのに、脱いでいる。
いや、脱いでいるのに着ている。
この矛盾した、弁証法的な意味の運動にこそ、我々はエロスを感じるのだ。
(半裸のエロさを追求したAVの演出は、プレステージの全裸コスプレがある。)
土足で法を踏みつけるハイヒール
さて、そうした半裸性のエロスをもつ全裸ハイヒールであるが、この要素の良さはそれだけではない。
我々日本人にとって、そもそも土足で部屋に入る習慣などない。
これだけ欧米の文化がインストールされた現代日本においてさえ、いまだにほとんどの家庭で靴を脱ぐ習慣が残っている。
すなわち土足を禁じる畳文化は、日本の住文化の根本的な構成要素であると言えるだろう。
それゆえに、我々自身の内にも、土足文化の禁止が知らずとも根深く刷り込まれているに違いない。
にもかかわらず、全裸ハイヒールの女たちは、住環境の最深部、最も神聖で秘められた部分であるベッドルームに土足で侵入する。
土足でベッドインという行為は、我々の常識からして、あまりにも行儀が悪すぎる。
ただ、行儀の悪さとは、やってはいけない習慣を踏みにじる行為において認められるものだ。
そして、エロティシズムの認識もまた、禁止された法を侵犯する運動そのものであった。
それゆえに、全裸ハイヒールは過激なエロスを提示するのである。
強ければ強い禁止こそ、その侵犯により激しいダイナミズムが生まれる。
その意味でエロスは、侵犯だけではなく、前段階としての法の整備、禁止命令もまた重要な要素となる。
全裸ハイヒールは、文字通り土足で法を踏みにじる。
畳文化をスタンダードに生きる我々は、土足に対する強い禁止があるからこそ、全裸ハイヒールに興奮するのだ。
女性のシンボルとしてのハイヒール
さらに付け加えれば、全裸であるかどうかは別として、ハイヒールそのものは人類の長い歴史・文化において、あまりにも多すぎる女性性の意味を獲得してきた。
それゆえにハイヒールという存在自体が、女性のイコンとして、強いフェティシズムを喚起するものである。
すなわち、ハイヒールとは、女らしさの意味の過剰さを多分に含んでおり、その豊富な解釈可能性が、我々のエロティックな興味をそそるのだ。
そもそもハイヒールは、基本的なことであるが、あまりにも歩きづらい。
その意味で最も危うげな靴である。
たしかに、汚いパリの街路で、汚物を避けるためのものとして生まれたというハイヒールの起源を振り返ってみれば、それなりの機能性を説明することができるかもしれない。
しかしその機能性のみが重要であるならば、現代においてわざわざその危険な靴を履く必要などないはずだ。
ゆえにハイヒールを履くということは、根本的な部分においてはやはり必要のない、過剰な行為だ。
どうやら、する必要のない危険な行為を、あえて行うことに、我々の人類史は女らしさを位置付けたらしい。
全く必要のない行為だからこそ、ハイヒールを履いた女性に我々の認識は揺さぶられるのである。
余談ではあるが、その意味で女性のネイルもまた、同等の女性性を担保する。
明らかに日常生活において煩わしい装飾であるにもかかわらず、いやそうであるからこそ、ネイルは女らしさの意味をもつのだ。
凶器としてのハイヒール
ハイヒールはSM的な価値も有する。
その尖ったヒールの先端はひとつの凶器である。
それゆえに、ハイヒールで踏みつけられるという行為は、ビジュアル的にSMの要素を際立たせる。
さらに、ハイヒールのもつ女性性も加味すれば、覇権的な父性を欠いた男性性を屈服させる女性性の象徴的な行為ともなる。
ハイヒールで踏みつけられるプレイは、視覚的にも意味論的にも、あるいは神経からくるダイレクトな刺激という意味で身体論的にも、我々のマゾヒスティックな欲望を十分に満たすのである。
ハイヒールと足の匂い
靴一般は、当たり前ではあるが、女性の足の匂いを喚起させるものだ。
冒頭で示したように、我々が基本的にハイヒールと聴いて想像する形は、ミュールかパンプスであった。
すなわちハイヒールの匂いとは、パンプス、ミュールの匂いである。
これを強調する狙いは、ブーツの臭いとの差別化だ。
というのも、女性の足の匂いは、大まかに2つの種類に分けることが可能だ。
ひとつは、汗によって蒸れた一時的なものであり、酸っぱいような、酸味のあるつんとした臭いだ。
もうひとつは、汗臭さというよりも、その足固有の恒常的なものであり、控えめで香ばしい臭いだ。
そして、先ほど区別した分類に従えば、前者のような酸っぱい臭いは、ブーツに残る臭いだ。
デートでブーツを履いたまま1日中歩き回った後にベッドインするときのあの刺激的な臭いも、それはそれでなかなか興奮する。
一方で、パンプス、ミュールに残る匂いは、後者の通り、芳しい香りである。
すなわち、ハイヒールから喚起される臭いは、ブーツよりも刺激は劣るが、女性の美しさと汚さ、そのバランスを併せ持つ。
ハイヒールとブーツの臭い、そのどちらを選ぶかは人それぞれ、あるいはシチュエーションによっても異なるだろう。
ただ、ブーツと比較して言えば、ハイヒールというのは、臭いという次元においてさえも、様々な解釈を受け入れる多義的なシニフィアンであるのだ。